第02話 からかいからかわれ





 ここ、栄稜高校も例外では無く校長の話は無駄に長かった。
 『入学おめでとうございます』から始まり、話す事が無くなれば徐々に話は脱線。終いには『校長の1日』なるただの私生活を聞かされる羽目になった。
 その時間、およそ1時間。しかも、新入生は立ちっぱなしだった。
 途中、教頭らしき頭の寒そうな教師が止めに入ったが、校長は華麗にスルー。『教頭頑張れ』という俺達の心の声も虚しく、あっさり引き下がってしまう教頭に対して新入生はさぞかしがっかりしたことだろう。

「えーそれでは、これをもちまして入学式を終了致します。起立――礼」

 司会の教師がそう告げると、新入生及び教職員、来賓といった全員が舞台へ向って一斉に礼をする。
 これでようやく開放されると思うと、これ以上ないくらいに嬉しく感じるのは、きっと俺だけではないはずだ。



「やっと終わった」
「やっと終わったな」
「やっと終わったね」

 体育館から教室へと帰る道中、俺と修、それから桃ちゃんの3人で肩を並べていた。

「もう足がパンパンだ」
「私もだよー……それに、最後の方はフラフラだったもん」
「貧血か? これから何かある度にあの校長の話を聞かされると思うとぞっとするな」
「あはは、そうだね……」

 やっぱり、何もせずに1時間立ちっぱなしというのは結構辛い。実際桃ちゃんのように貧血に陥り、それで倒れていた生徒もいたぐらいだ。本当ならそこで話を止めるべきだろうが、あの校長はそれすらもスルー。いやまったく恐ろしい。

「……ところで涼よ」
「ん?」

 桃ちゃんとしみじみしながら苦労話に花を咲かせていると、不意に修が怪訝な表情をしながら立ち止まった。
 そんな修を前に、俺と桃ちゃんは何事かと首を傾げる。

「先程から気になっていたのだが……一体この子は誰だ? 初めて見る顔なのだが」

 至極当然のようにこの場にいる桃ちゃんの存在に違和感を覚えた修が、探るような目で桃ちゃんの頭から足先までを見渡した。
 もっとも、修が桃ちゃんの存在を知らないのは当然で、『モテる男は忙しい』云々とほざいていた素敵王子様が教室へやって来たのは入学式開始ギリギリの時間だった。
 自己紹介なんてものもこの後のHRでやるだろうし、現時点で修の知り合いといえば俺ぐらいのものだ。

「桃から生まれた桃ちゃんだ。隣の席なんだよ」
「初めまして、高西 桃です。出身地は桃の……畑で取れるんでしたっけ? あれ?」

 ノリが良いのか、はたまた真面目なのか。律義に俺のボケに乗っかってくれたのは良いが、途中から頭の上に疑問符を浮かべる桃ちゃんを見て笑いを堪えるのが大変だった。

「ふむ、なるほど中々……。藍田 修だ。ちなみに桃は木に生る果物だ」
「畑じゃなくて木でしたか、あはは。藍田くんは物知りなんだね」
「そうでもない。高西は随分と個性的な感性をしているようだが」
「えー、普通だよ?」
「なるほど、無自覚と言う訳か。フフ」

 初めこそ修も呆気に取られていた様子だったが、個性的な桃ちゃんに徐々に興味を抱き初めているように見えなくもない。
 傍から見ると、他の追随を許さない整った顔立ちの2人がいる空間だけ別次元である。何となく、同じ場にいるはずの俺の影が薄い気がする。いや、実際薄い。
 周囲の大多数の視線を集める2人は、それぞれ男子と女子から注目の的に なっていることに気付いているのかいないのか、楽しそうに雑談に興じているが、教室へ向かう生徒達の群れが立ち止まって話している2人に見惚れ、俺の存在 に気付かずにかなりの高確率でぶつかっていきやがる。しかも、自分達からぶつかっておきながらまさかの舌打ち。仏の加住も限界だ。

「待てコラァ! 座れ! 全員座れ! そして謝れ!」

「あの人めっちゃカッコイイよねぇ〜!」
「だよね、だよねっ!」

「あの子どこの中学だったんだろ。やべぇ、カワイイわ……」
「あとで話し掛けてみようぜ」
「馬鹿。隣にいる男見てみろよ。勝ち目ないっつーの」

 なるほど、集団でシカトですか。散々ぶつかっておいて居ない人扱いですか、こん畜生。
 怒りに任せて声を荒げても、周囲が無反応だとびっくりするぐらいの冷静さを取り戻せるらしい。恥ずかしさで。

「高西は中学時代どうだった? その秀麗な容姿だと気苦労も多かったと察するが」
「や、やだな、私なんて全然だよ」
「謙遜するな。今も視線を感じるだろう」
「え? あ、あははは……」

「……戻ろっと」

 楽しそうに話す美男美女の2人に放置プレイを余儀なくされた俺は、悲しいほどの疎外感を背負いながらトボトボと教室へと戻るのだった。



「ぶわぁ〜〜座れるって幸せ〜」

 教室へ帰って来るなり、疲れの溜まった足を癒すべく一目散に自分の席に着いた。
 机に顔を擦り付けている所為か、周りから白い目で見られているのは気にしない。むしろ最上級の笑顔で顔を擦り付けてやった。

「本当に幸せそうだね」
「桃ちゃんもやるか? たまらなく楽しいぞ」
「あはっ、遠慮しとくね」

 その後に『遠慮するな』と付け加えるが、頑なに拒否し続ける桃ちゃんを目の前にすれば強要する訳にもいかない。
 ますます擦り付けるスピードを上げて誘惑してみても、逆に悲しくなってくるだけだった。



「はーい、皆さん席に着いてくださーい」

 悲しみの絶頂に達している頃、教室の扉が開かれると同時に教師らしき男性が入って来たのを境に、それまで雑談に興じていたクラスメイト達が各々の席へと戻って行く。
 それを見て満足そうに頷いた男性教師は、見た目に違わぬ爽やかな笑みを浮かべながら口を開いた。

「改めましてこんにちは。このクラスを受け持つことになった、担任の弘田 望(ひろた のぞむ)です。親しみを込めて“望くん”と呼んで下さいね。歳は26で彼女はいません。若干幼女趣味の傾向があるのでその所為じゃないのかなって思ってたりするんですけどね。ははっ!」

 “ははっ!” じゃねえよ! 陽気に笑ってる場合じゃないから!
 一見すると爽やか好青年の雰囲気を醸し出している望くん先生。結構整った顔立ちだし、普通にしてれば女子に人気が出そうだが、さすがに初対面でこの発言はさすがに不味かった。その証拠に、女子達を中心として少し怯えているようにも見える。

「…………」

 案の定、教室は静まり返った。変態教師にとんでもないパンチをお見舞いされた我が1−Cは警戒心剥きだしだが、修だけが唯一不敵に笑っているように見えた。一体何が面白いのか謎だ。
 それにしても望くん先生、初対面でこんなに警戒される人間初めて見ました。逆に凄いです。

「おーい、どうしたんです? じょ、冗談ですよ?」
「…………」

 引き攣る望くん先生の表情が本当に冗談であることを物語っていたが、1 度失った信用を回復させるにはいささか投じられた爆弾が大き過ぎたらしい。クラスメイト達もそんな望くん先生の様子に薄っすらと気付いているはずなのだ が、どうやら僅かに漂う危険な香りを本能的に嗅ぎ取ってしまったらしい。修ではないが、若干焦りを見せる望くん先生を見ていると、少し可笑しい。



 そして、まったく警戒心を緩めようとしない生徒達を前に、おろおろと場の収集を図ろうとする望くん先生だったが、徐々にその表情に諦めが見え隠れし始めた時だった。

 変態教師と目が合ったのは。

 恐ろしく嫌な予感がした。
 ――目を逸らせ。
 俺のシックスセンスがそう告げていた。あ、第6感と言わずにシックスセンスと言える俺、オシャレ。どうでもいいか。
 とにかく、何食わぬ顔で白々しい口笛と共に慌てて視線を窓の外へと向けた。
 手遅れとも気付かずに。

「……ウフフ、はいそこの君! この空気をどうにかしてください!」

 無茶振りぃぃぃ! お願いだから巻き込まないでください! 幼女趣味の変態教師なんて知りませんから!

「…………」

 フフフ、秘技『シカト』。まさかこんなに早くこの技を使う日が来るとはな。あたかも『俺じゃありませんよ?』的な感じでこの場を乗り切ってやるさ。

「無視しても無駄ですよ?」

 ハハ、やっぱりな。俺もそんな気がしてました。
 俺の秘技が僅か3秒で破られた瞬間であった。

「えーと……加住くん、ですか。残念ですが、もう名前は覚えました」

 何だよこの人……入学初日なのに先行き不安過ぎるよ。生徒を陥れて何がしたいんですか。

「早く助けて下さい」

 急かさないで!? 40人もいるのに何で俺なんだよ畜生!
 とか思いつつも、何だかんだ言って不本意ながらも立ち上がってしまう間抜けな俺。全員の視線がチキンハートの鏡である俺に一点集中してしまった。
 見ないで下さい。出来るだけ違うとこ見てて下さいお願いします。
 必死にキレの悪い頭をフル稼働させてこの空気を打ち払うべく、少ない語彙の中から懸命に言葉を紡ぐ。

「……あの、えと……趣味は人それぞれっていうか……基本的に小さい子供はそんな感情抜きで可愛らしい存在な訳でして……」

 つ、つづかんぞ。というか、生徒である俺が担任のフォローをしなくちゃいけないこの状況がおかしいんだよ。完璧に巻き込まれただけなんだ。なのに何でこんな辱め受けちゃってるの? みたいな?
 あーもう、なんか意味分からないけど腹立ってきた! 腹立ってきたけど特に何も出来ない自分が情けない! 強い心が欲しいです!

「だからその……幼女趣味と言っても全然いやらしい考えを持たない訳でしてそれは単なる庇護欲の表れと言いますか……」

 そもそも、望くん先生が幼女趣味は冗談だと言っていたにも関わらず、緊 張の所為で完璧にそんなことを忘れきっている俺は何とか幼女趣味のイメージアップを狙おうと弁明する。でも、実際そんな特殊な人達の考えていることなんて 分かるはずもなく、結局は適当な単語を羅列するだけしか出来ないのだけど。

「その……なんだ。要するに、子供は大事にする、っていう望くん先生なりの意思表示だと考えれば納得も出来る……かな、多分」

 言い終えて、すぐに席に着く。
 俺にしては頑張った方だと思う。かなり無理矢理な感じを否めないが、上手くはぐらかせたのではないだろうか。
 周囲の反応が気になって、キョロキョロと教室内を見渡してみる。そして、愕然とした。

『で、結局なに?』

 みんながそんな目でぼくを見ていました。なんだろうね、このアウェイ感。ハハ、もうどうでもいいや!

「……で、加住くん。僕の幼女趣味はいつ否定してくれるんですか?」
「え、違ったんですか……?」
「はい、加住 涼くん留年決定……っと」
「なぜだぁぁぁ!」

 入学初日から留年が決定したらしい馬鹿な新入生である、俺なのだった。




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